【誕生前夜 第四話|あの子猫に、ようやく優しくできた日のこと】
罪は、ずっと胸の中にある。
時が経っても、なかったことにはならない。
でも、ある日ふと――
「これって、あの時の“答え”なんじゃないか」
そんな風に思える瞬間が、人生にはある。
これは、そんな話だ。
あれは5歳の頃。
保育園の帰り道、近所の子どもたちと遊んでいたときだった。
空き地の片隅で、3匹の子猫を見つけた。
小さくて、ふわふわで、鳴き声が小さくて。
みんな「かわいい」「連れて帰りたい」って目をしてた。
でもすぐに、「飼っちゃダメ」という大人の声がよみがえった。
- 「野良猫なんて汚い」
- 「病気があるかもしれん」
- 「拾ったらアカン」
あの時代は、“命に対する感覚”が今ほど繊細じゃなかった。
俺たちは、しばらく黙って子猫たちを見ていた。
でも、次第にひとりが言い出した。
「もう……どうする? このままやとアカンで」
「バレたら、みんな怒られるやろ」
そして、誰が言い出したのかは覚えていないけど、
あまりに恐ろしく、信じられない言葉が出てきた。
「……殺してしまおか」
そこから先のことは、詳しく書かない。
けど、それは俺の中で“一生消えない傷”になった。
特に、1匹の子猫の顔だけは、今もはっきり覚えている。
たぶん、俺が一番ひどく傷つけてしまった子だったんだと思う。
目の感じ。毛のふわつき。かすれるような鳴き声。
忘れたことなんて、一度もない。
その日から、俺の中にひとつの“罰”が住み着いた。
何かがうまくいかないたび、運が悪いとき、人間関係で苦しむたびに思ってた。
「……きっと、あの猫たちの霊が怒ってるんや」
でも今になって思う。
違う。呪いなんかじゃない。
本当の“罰”は――、自分で自分を赦せなかったこと。
幼かったとはいえ、あの子に優しくできなかったことが、
ずっと俺の中の“やさしさ”を止めていた。
──そして、それはずいぶん長い間、動かなかった。
だけどある日、変化が訪れた。
娘が「この子を飼いたい」と言った。
里親募集に出ていた一匹の猫。
妻も、息子も賛成だった。
でも俺は、言葉を失った。
その猫の顔が――あの時の子猫にそっくりだったから。
一瞬、「逃げたい」と思った。
「犬にしようよ」と言った。
でも息子が言った。
「この子以外やったら、絶対に飼えへん」
まるで、何かに導かれてるようだった。
その子は、まっすぐ俺を見た。
何も言わず、ただそこにいて、撫でると嬉しそうにしてくれた。
ご飯をあげたら、静かに食べてくれた。
「ああ……あの時、お前はこうしてほしかったんやな」
そう思った瞬間、涙がこみあげてきた。
最初は、びびってた。
(まさか……お前、あの時の子ちゃうよな?)
でも、少しずつ、彼と暮らすうちに、心の奥が少しずつ、ほどけていった。
甘噛みされたとき、ふと笑ってしまった。
「ちょっとだけやり返してる?」そんな気がして。
今、ようやく思える。
「あの時できなかったことを、今この手でやってるんや」
「ようやく……許された気がする」
もちろん、あの罪が消えることはない。
でも、こうして書いて、伝えて、
あの時できなかった“やさしさ”を今この手で返すことで、
ほんの少しだけ、心が軽くなった気がする。
【あとがき】
因果応報、という言葉がある。
たしかにそれはあると思う。
でもそれは“呪い”じゃない。
その人が“自分に還すべき優しさ”を、
人生のどこかで必ずやり直す機会がくる――という意味だ。
過去の俺が犯した過ち。
もう、許されないと思っていたこと。
でも今、こうしてこの子を撫でながら、思うんだ。
「……ごめんな。ほんまに、ごめん」
「でも、戻ってきてくれてありがとう」
それが、俺にとっての救いであり、リベンジだった。
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